< 閑 吟 集 >

折も折かすかな光をともす秋の蛍に語りかけつつ
月の光のもとでこのように記したものである。


人は嘘にて暮らす世に
何ぞよ燕子が実相を談じ顔なる

我らも持ちたる尺八を
袖の下より取り出だし
暫しは吹いて松の風
花をや夢と誘ふらん
いつまでかこの尺八
吹いて心を慰めん

散らであれかし桜花
散れかし口と花心

花ゆゑゆゑに
顕はれたよなう
あら卯の花や
卯の花や

げにや弱きにも
乱るるものは青柳の
糸吹く風の心地して
糸吹く風の心地して
夕暮れの空くもり
雨さへ繁き軒の草
傾く影を見るからに
心細さの夕べかな
心細さの夕べかな

雲とも煙とも
見定めもせで
上の空なる
富士の嶺にや

世間はちろりに過ぐる
ちろりちろり

何ともなやなう
何ともなやなう
うき世は風波の一葉よ

何ともなやなう
何ともなやなう
人生七十古来稀なり

ただ何事もかごとも
夢幻や水の泡
笹の葉に置く露の間に
味気なの世や

夢幻や
南無三宝

くすむ人は見られぬ
夢の夢の夢の世を
うつつ顔して

何せうぞ
くすんで
一期は夢よ
ただ狂へ

我が恋は
水に燃えたつ蛍々
物言はで笑止の蛍

思ひ廻せば小車の
思ひ廻せば小車の
僅かなりけるうき世かな

宇治の川瀬の水車
何とうき世をめぐるらう

仰る闇の夜
仰る仰る闇の夜
つきもないことを

日数ふりゆく長雨の
日数ふりゆく長雨の
葦葺く廊や萱の軒
竹編める垣の内
げに世の中の憂き節を
誰に語りて慰まん
誰に語りて慰まん

庭の夏草
茂らば茂れ
道あればとて
訪ふ人もな

青梅の折り枝
唾が唾が唾が
やこりゃ
唾が引かかる

思ひ初めずは紫の
濃くも薄くも物は思はじ

思ひの種かや
人の情

思ひ出すとは
忘るるか
思ひ出さずや
忘れねば

浮からかいたよ
よしなの人の心や

夢の戯れいたづらに
松風に知らせじ
朝顔は日に萎れ
野草に露は風に消え
かかるはかなき夢の世を
現と住むぞ迷ひなる

ただ人は情あれ
朝顔の花の上なる露の世に

残月清風
雨声となる

雨にさへ訪はれし仲の
月にさへなう
月によなう

ただ人は情あれ
夢の夢の夢の
昨日は今日の古へ
今日は明日の昔

ただ人には
馴れまじものぢや
馴れての後に
離るるるるるるるるが
大事ぢやるもの

潮に迷うた
磯の細道

舟行けば岸移る
涙川の瀬枕
雲駛ければ月運ぶ
上の空の心や
上の空かや何ともな

また湊へ舟が入るやらう
唐櫓の音が
ころりからりと

葛の葉葛の葉
憂き人は葛の葉の
恨みながら恋しや

添ひ添はざれ
などうらうらと
なかるらう

思へば露の身よ
いつまでの夕べなるらん

後影を
見んとすれば
霧がなう
朝霧が

小夜小夜
小夜更け方の夜
鹿の一声

一夜窓前芭蕉の枕
涙や雨と降るらん

咎もない尺八を
枕にかたりと投げ当てても
淋しや独り寝

憂きも一時
嬉しきも
思ひ覚ませば夢候よ

篠の篠屋の村時雨
あら定めなのうき世やなう

霜の白菊は
何でもなやろう

春過ぎ夏闌けてまた
秋暮れ冬の来るをも
草木のみただ知らするや
あら恋しの昔や
思ひ出は何につけても

鳥だに
憂き世厭ひて
墨染に染めたるや
身を墨染に染めたり

音もせいでお寝れお寝れ
鳥は月に鳴き候ぞ

世間は霰よなう
笹の葉の上の
さらさらさっと
降るよなう

あまり言葉のかけたさに
あれ見さいなう
空行く雲の速さよ

石の下の蛤
施我今世楽せいと鳴く

水に降る雪
白うは言はじ
消え消ゆるとも

降れ降れ雪よ
宵に通ひし道の見ゆるに

しゃっとしたこそ
人は好けれ

人の心は知られずや
真実
心は知られずや

人は何とも水候よ
和御料の心だに濁らずは
澄むまでよ

花見れば袖濡れぬ
月見れば袖濡れぬ
何の心ぞ

花籠に月を入れて
漏らさじこれを
曇らさじと
持つが大事




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